ヘリコバクターピロリ菌は胃の粘膜にすみつく悪い菌です。胃の粘膜に生息しているらせん形をした悪い菌で、主に胃や十二指腸などの病気の原因になります。子供の頃に感染し、一度感染すると多くの場合、除菌しない限り胃の中に棲みつづけます。ピロリ菌に感染すると、炎症が起こりますが、この時点では、症状のない人がほとんどです。さらにピロリ菌の感染が続くと、胃潰瘍や十二指腸潰瘍、萎縮性胃炎、胃癌、さらには全身的な病気などを引き起こすおそれがあることが明らかになってきました。胃液には、金属でも溶かしてしまう強い酸(塩酸)が含まれているため、胃の中は強い酸性(pH1~2)で、通常の菌は生息できません。ピロリ菌が活動するのに最適なpHは6~7で、4以下では、ピロリ菌は生きられません。それなのに、なぜピロリ菌は胃の中で生きていけるのでしょうか?秘密はピロリ菌がだしている「ウレアーゼ」という酵素にあります。この酵素は胃の中の尿素を分解してアンモニアを作りだします。アンモニアはアルカリ性なので、ピロリ菌のまわりが中和され、胃の中でも生き延びることができるのです。

ピロリ菌の発見

ピロリ菌はオーストラリアののウォーレンとマーシャルという2人の医師によって発見されました。医学界ではその100年ほど前から、胃の中にらせん形の細菌がいるという説が出ていましたが、胃の中は強い酸性だから細菌は生息できないという説が有力になっていました。 そんななかで1979年に病理専門医のウォーレンは、胃炎を起こしている患者の胃の粘膜にらせん形の菌がいることを発見しました。そこで、同じ病院に研修医としてやってきたマーシャルとともに、この菌が胃の中で生きていることを証明しようと研究を進めました。

名前の由来

ピロリ菌の正式な名前は「ヘリコバクター・ピロリ」(Helicobacter pylori)です。
「ヘリコバクター」の「ヘリコ」は「らせん形」を意味する「ヘリコイド」からきた言葉で、ヘリコプターの「ヘリコ」も同じ意味です。「バクター」は「細菌」を意味する「バクテリア」のことです。「ピロリ」とは、胃の出口のほうをさす「幽門」(ゆうもん)のことで、多くがそのあたりで見つかっていることに由来します。 ピロリ菌の名前は「幽門にいるらせん形の細菌」という意味なのです。

ピロリ菌の感染原因

実は、どのような感染経路であるかはまだはっきりわかっていません。
ただ、口から入れば感染することは間違いないようです。大部分は飲み水や食べ物を通じて、人の口から体内に入ると考えられています。それでは、生水を飲んだり、キスでピロリ菌に感染してしまうのでしょうか?上下水道の完備など生活環境が整備された現代日本では、生水を飲んでピロリ菌に感染することはありません。また、夫婦間や恋人間でのキス、またコップの回し飲みなどの日常生活ではピロリ菌は感染しないと考えられています。ピロリ菌は、ほとんどが5歳以下の幼児期に感染すると言われています。幼児期の胃の中は酸性が弱く、ピロリ菌が生きのびやすいためです。そのため最近では母から子へなどの家庭内感染が疑われていますので、ピロリ菌に感染している大人から小さい子どもへの食べ物の口移しなどには注意が必要です。

ピロリ菌の感染予防

わが国では、上下水道が十分完備されていなかった戦後の時代に生まれ育った団塊の世代以前の人のピロリ感染率は約80%前後と高いのですが、衛生状態のよい環境で育った若い世代の感染率は年々低くなり、10代、20代では欧米とほどんどかわらなくなってきました。また、ピロリ菌感染を予防する方法は、よくわかっていません。親から子へのたべものの口移しには注意が必要でしょう。上下水道が完備され衛生環境が整った現代ではピロリ菌の感染率は著しく低下しており、予防についてあまり神経質にならなくてもよいでしょう。

ピロリ菌と病気

胃もたれや吐き気、空腹時の痛み、食後の腹痛、食欲不振など、これらの症状を、「胃に負担をかけすぎたかな」や「加齢現象でおこるものだ」と思い込んで放置していませんか。また、「ただの胃炎だろう」と思っていませんか?これらの症状が続くとき、慢性胃炎、胃潰瘍、十二指腸潰瘍などの病気が疑われます。胃炎、胃潰瘍、十二指腸潰瘍の患者さんは、ピロリ菌に感染していることが多く、慢性胃炎の発症の原因や、潰瘍の再発に関係していることが、わかっています。また、このピロリ菌は服薬による「除菌療法」で退治することができますので、一度病院で相談してみることをお勧めします。

ピロリ菌による胃粘膜障害

ピロリ菌に感染すると、ピロリ菌がつくりだす酵素ウレアーゼと胃の中の尿素が反応して発生するアンモニアなどによって直接胃の粘膜が傷つけられたり、ピロリ菌から胃を守ろうとするための生体防御反応である免疫反応により胃の粘膜に炎症が起こります。ピロリ菌に感染している状態が長くつづくことで、さまざまな病気を引き起こす可能性もあります。

ピロリ菌が関係する病気

■ 慢性胃炎
■ 萎縮性胃炎
■ 腸上皮化生
■ 胃潰瘍・十二指腸潰瘍
■ その他の病気
■ 胃癌

■ 慢性胃炎
ピロリ菌には多くの場合、5歳以下で感染すると言われています。ピロリ菌に感染すると、胃に炎症を起こすことが確認されていますが、ほとんどの人は自覚症状がありません。ピロリ菌が胃の粘膜に感染すると炎症が起こります。感染が長く続くと、胃粘膜の感染部位は広がっていき、最終的には胃粘膜全体に広がり慢性胃炎となります。この慢性胃炎をヘリコバクター・ピロリ感染胃炎と呼びます。ヘリコバクター・ピロリ感染が胃潰瘍、十二指腸潰瘍、萎縮性胃炎を引き起こし、その一部が胃がんに進行していきます。また、ヘリコバクター・ピロリ感染は、お薬による「除菌療法」が成功すると改善します。

■ 萎縮性胃炎
「慢性胃炎」が長期間続くと、胃の粘膜の胃液や胃酸などを分泌する組織が減少し、胃の粘膜がうすくやせてしまう「萎縮」が進み「萎縮性胃炎」という状態になります。「萎縮性胃炎」になると、胃液が十分に分泌されないため、食べ物が消化されにくく、食欲不振や、胃もたれの症状があらわれることがあります。

■ 腸上皮化生
萎縮がさらに進むと胃の粘膜は腸の粘膜のようになる「腸上皮化生」(ちょうじょうひかせい)という現象が起こることがあります。その仕組みはまだ明らかになっていませんが、腸上皮化生を起こした患者さんの一部には、胃癌になる人がいることが報告されています。

■ 胃潰瘍、十二指腸潰瘍
胃潰瘍、十二指腸潰瘍の患者さんでは、ピロリ菌に感染している方が多くいます。これまで、胃潰瘍や十二指腸潰瘍になると、薬で胃酸の分泌を抑える治療を行っていましたが、治療しても、再発の多い、やっかいな病気と考えられており、再発を防ぐため長期にお薬を服用せざるを得ない(維持療法の)患者さんが多くいました。しかし、除菌療法でピロリ菌をやっつけると完全というわけではありませんが、胃潰瘍・十二指腸潰瘍の多くの患者さんで再発しにくくなることがわかってきました。

■ その他の病気

① 胃MALTリンパ腫:
胃の粘膜にあるリンパ組織に発生する、ゆっくりと発育する腫瘍です。
除菌による効果が証明されています。

② 特発性血小板減少性紫斑病
血小板が減少し、出血しやすくなる病気です。原則として18歳以上の患者さんが除菌療法の対象となります。除菌による効果が証明されています。

③ 早期胃癌に対する内視鏡的治療後胃
早期胃癌を内視鏡で治療した後の胃。その胃からは新しい胃癌が発生する可能性があります。除菌によって新しい胃癌の発生確率を減らせます。

④ 機能性胃腸症
胃潰瘍や胃炎といったはっきりと目に見える病気がないのに胃もたれ、吐き気、胸やけ、嘔吐などの症状が少なくとも3ヵ月以上続く病気。「排便の状態や内容に関係しない」ことが条件です。除菌によって改善するという報告があります。

⑤ 胃ポリープ
持続的な炎症により胃粘膜の一部が増殖し、胃内腔に突出した病変で、良性隆起性疾患の代表的なものです。胃ポリープにはピロリ菌と関わりのあるものとないものがあります。

⑥ 胃癌
一部の患者さんでは、萎縮性胃炎が続いた後胃癌になることも報告されています。1994年にWHO(世界保健機構)は、ピロリ菌は「確実な発癌因子」と認定しました。これは、タバコやアスベストと同じ分類に入ります。ピロリ菌の感染が長期間にわたって持続すると、胃の粘膜がうすくやせてしまう「萎縮」が進行し、一部は腸上皮化生となり、胃癌を引き起こしやすい状態をつくりだします。また、胃潰瘍、十二指腸潰瘍や胃炎などの患者さんを対象とした調査では、10年間で胃癌になった人の割合は、ピロリ菌に感染していない人では0%(280人中0人)、ピロリ菌に感染している人では2.9%(1246人中36人)であったとの報告がわが国から行われています。
*胃癌になったらピロリ菌を除菌した方がよい?

ピロリ菌を除菌すると、新しい胃癌が発生する確率を減らすことができる可能性があります。早期胃癌の治療後にピロリ菌を除菌した患者さんは、除菌をしなかった患者さんと比べ、3年以内に新しい胃癌が発生した人が約3分の1だったと報告されています。

ピロリ菌の除菌

ピロリ菌を薬で退治することを除菌といいます。ピロリ菌の除菌により、関連する病気が改善したり予防できる場合があります。日本人のピロリ菌感染者の数は約3,500万人といわれています。日本ヘリコバクター学会のガイドラインでは、ピロリ菌に関連する疾患の治療および予防のため、ピロリ菌感染者のすべてに除菌療法を受けることが強く勧められています。ほとんどのピロリ菌感染者は、症状もなく、健康に暮らしています。除菌療法の対象となる人は、ヘリコバクター・ピロリ感染胃炎の患者さん、胃潰瘍または十二指腸潰瘍の患者さん、胃MALTリンパ腫の患者さん、特発性血小板減少性紫斑病の患者さん、早期胃癌に対する内視鏡的治療後胃の患者さんで、ピロリ菌に感染している人です。除菌療法が必要かどうかは主治医とよく相談してください。

検査から除菌まで

ピロリ菌の除菌療法を始めるまえに、まずは除菌療法の対象となる病気があるか確かめます。内視鏡検査などで胃潰瘍または十二指腸潰瘍と診断されたり、内視鏡検査で胃炎と診断されてから、検査でピロリ菌に感染しているかどうかを調べます。ピロリ菌の検査には、内視鏡を使う方法と使わない方法があります。ピロリ菌感染が気になる方は、除菌療法の対象となる病気なのかピロリ菌の検査や除菌療法が必要かどうか、病院でよく相談してください。
・内視鏡を使う検査方法
内視鏡を使う方法では、胃の中の様子を観察すると同時に、内視鏡により採取した胃の組織を用いて、「迅速ウレアーゼ試験」、「鏡検法」、「培養法」などの検査をします。
・内視鏡を使わない検査方法
内視鏡を使わない方法には、「抗体測定」、「尿素呼気試験」、「便中抗原測定」などがあります。
ピロリ菌の検査は、これらのうち、いずれかを用いて行われますが、1つだけでなく複数の検査を行えば、より確かに判定できるとされています。
・ピロリ菌除菌療法の対象となる人は、次のI〜Vの病気の患者さんです。

( I )内視鏡検査または造影検査で胃潰瘍または十二指腸潰瘍と診断された患者さん
(Ⅱ)胃MALTリンパ腫の患者さん
(Ⅲ)特発性血小板減少性紫斑病の患者さん
(Ⅳ)早期胃癌に対する内視鏡的治療後(胃)の患者さん
(Ⅴ)内視鏡検査でヘリコバクター・ピロリ感染胃炎と診断された患者さん

*これらの病気でない人が除菌を希望する場合は、医師と相談してください。

除菌療法

ピロリ菌の除菌療法は、2種類の「抗菌薬」と「胃酸の分泌を抑える薬」合計3剤を服用します。1日2回、7日間服用する治療法です。 正しくお薬を服用すれば除菌療法は約70~80%の確率で成功します。除菌療法のあと、もとの病気の治療を行います。(除菌療法の前にもとの病気の治療を行う場合もあります。)すべての治療が終了した後、4週間以上経過してから、ピロリ菌を除菌できたかどうかの検査を行います。この検査でピロリ菌が残っていなければ、除菌成功です。1回目の除菌療法の成功率は70~80%、2回目の除菌療法までなら成功率は95%を超えます。1回目の除菌療法で除菌できなかった場合は、再び7日間かけて薬を飲む、2回目の除菌療法を行います。2種類の「抗菌薬」のうち1つを初回とは別の薬に変えて、再び除菌を行います。
*除菌療法中に注意すること

■ 除菌療法を含むすべての治療が終了した後、4週間以上経過してからのピロリ菌を除菌できたかどうかの検査は必ず受けて、結果を確認しましょう。
■ 2回目の除菌療法の間は、アルコールの摂取(飲酒)を避けてください。
■ 除菌療法の間に気になる症状を感じた場合は、主治医または薬剤師に相談してください。